10年後の自分を想像して
2022年は自分にとって大きな転機となった一年でした。
コロナウィルスが流行し始めてから早2年、 健康だった人が感染を防げず亡くなる人が相次いだ。わが子二人とも蕎麦アレルギーだと分かったのは今から3年前 かゆいよ~と全身に蕁麻疹がでる。まさかと思い2人とも検査をすると蕎麦アレルギーと分かった。
目の前が真っ暗になった。このままでいいのかとずっと悩む。 2022年1月に家族がみんな健康であることは蕎麦屋の115年の歴史よりも重い、そして10年後の自分はどうなっていたいのか?想像してみた。このままではだめだ! このときうどん屋になると決意した。
仕事終えてから夜更けまで毎晩手打ちうどんを練習、東京で実際手打ちうどんを習ったり食べ歩きもたくさんした。 でもなかなか納得のいくうどんは出来なかった、、
1月下旬本場の味を求めて香川へ足を運ぶ とっても美味しい!このうどん作りたい!と決める。2月に香川で実際にうどんやだしの取り方天ぷらを学んだ。東京に帰ってから毎晩試行錯誤の日々、 初めて使う煮干し出汁やモチモチした食感のうどんを作るのにも悪戦苦闘。製粉会社さんや麺機屋さんからアドバイスをいただきながら試作を続けました。
5月なると自分が納得がいくうどんが出来始める。子供にも食べてもらう。息子や娘は美味しいよ!と言ってくれた!思わず涙が出そうになる。今まで自分が懸命に打った蕎麦を食べさせられなかった事、とても辛かった、でも今こうして喜んで食べてくれてる!これ以上の喜びはありません。
6月に無事にうどん店として再出発を果たしましたが、まだまだうどん屋だしの研究や探究心は終わりません。
美味しいうどんを提供するのはもちろんの事、それ以上に大切にしている事、それは、、 思い出作り。
私が幼少期の頃、両親は仕事で忙しい中、ごくまれに外食に連れて行ってくれました。とっ家族みんなでニコニコ笑顔食卓を囲み、他愛のない会話と食事を楽しむ。とても強く覚えています。そんな思い出をお店で作ってほしい!お客様とスタッフが同じ空間でその瞬間を一緒に過ごせたら素敵だなと感じ、うどん家族小進庵 と屋号を付けました。
2022年はうどん店として再出発のスタートを切れた年です。2023年はより良くなるためにコツコツと小さく進む 小進庵 お客様と共に歩んでいくことが目標です。10年後はもっと素敵なお店そして自分の人生になっている事を想像して。